大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和55年(ワ)7081号 判決

原告

新橋商事株式会社

右代表者共同代表取締役

富田稲蔵

井手義裕

右訴訟代理人弁護士

安達幸次郎

被告

株式会社三鳩商事

右代表者代表取締役

東省三

主文

一  被告は、原告から金三億四〇〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、原告に対し、別紙物件目録記載二の建物を明け渡せ。

二  被告は、原告に対し、昭和六〇年三月一三日から、右明渡済みまで一か月金二〇万円の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを五分し、その二を被告の、その余を原告の各負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告から金六七四一万六〇〇〇円の支払を受けるのと引換えに、原告に対し、別紙物件目録記載二の建物を明け渡せ。

2  被告は、原告に対し、昭和五五年七月一七日から右明渡済みまで一か月金四八万五三七〇円の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙物件目録記載二の建物部分(以下「本件建物部分」という。)を含む同目録記載一の建物(以下「本件建物」という。)を所有している。

2  被告は、昭和二九年六月三日、本件建物のもと所有者である堤不動産株式会社(以下「堤不動産」という。)から、本件建物部分を次の約定で借り受けた(以下「本件賃貸借」という。)。

(一) 賃料 一か月三万四〇〇〇円

(二) 期間 昭和二九年五月七日から昭和三二年五月三〇日まで(四年二三日)

3  その後、昭和四一年七月二八日に株式会社堤商店(以下「堤商店」という。)が堤不動産から、更に、昭和五〇年一月三〇日に原告が堤商店から、それぞれ本件建物を買い受け、本件賃貸借についての賃貸人の地位を承継した。

4  本件賃貸借は、法定更新され、期間の定めのない賃貸借となつている。

5  原告は、被告に対し、昭和五三年八月一六日、本件賃貸借の解約申入れの意思表示をし、同日から六か月が経過した。

6  右解約申入れについての正当事由は次のとおりである。

(一) 本件建物の瑕疵と老朽化について

(1) 本件建物については、通常の同規模の建物と比較して、やや重い割には水平力に対する抵抗要素が少ないこと、コンクリートの中性化と構造的に重要な鉄筋の発錆が進んでいて、局部的に著しく腐食の進んだ鉄筋がみられること、コンクリートの圧縮強度値が小さいこと等から、総体的に耐震安全性は十分でなく、十勝沖地震程度の地震で顕著な被害を受けることが推定され、現状のままで継続使用することは避けるべきであるとする鑑定結果(鑑定人広沢雅也の昭和五七年三月一五日付鑑定書、以下「第一次鑑定」という。)及び構造耐震指標(Is)が一応の目安とされている〇・七プラスマイナス〇・〇五を大きく下回つており、その耐震性は低く、前記程度の地震によつて倒壊等の危険性があり、このままの使用には問題がある旨の調査結果(第一次鑑定のための参考資料、作成者株式会社建築技術センター、以下「建築技術センター」という。)が出されているが、これが本件建物の現状である。

(2) 同鑑定人の本件建物の補強設計についての鑑定結果(昭和五七年八月三一日付鑑定書、以下「第二次鑑定」という。)によれば、本件建物の耐震性能を改善するためには、塔屋二層分以上の撤去、屋上仕上げの改修及び屋上パラペットの撤去により建物重量の軽量化を図るとともに、建物の梁、柱からなる全構面に機能上必要最小限の開口部を残して全階にわたつて鉄筋コンクリート造の耐震壁を増設する必要があるとされ、第二次鑑定についての参考資料(作成者建築技術センター)によれば、右費用として四九〇〇万円を要すると見積られているが、右工事が右金額で完工する筈はなく、また、本件においては、第二次鑑定の補強工事に加え、例えば、水洗便所を各階に設けるための全体の設計の見直し、消防設備の不備、避難階段の不存在等を改善するための工事を要し、その費用を予測した場合、大修繕をするよりは改築することが、より良い方法であると言うべきである。

(3) 原告は、昭和五一年二月一三日、本件建物のコンクリートコアの圧縮強度、中性化、鉄筋の引張試験を財団法人建材試験センター(以下「建材試験センター」という。)に依頼し、株式会社都市建築設計事務所(以下「都市建築設計事務所」という。)に鑑定を依頼したところ、次のような結果が出された。

(ア) 本件建物敷地に隣接する土地に建築された「ニュー新橋ビル」の地質調査によれば、地下一六メートルまで地耐力はゼロに近いシルト層であり、本件建物の松杭はせいぜい五、六メートル程度と考えられるので、極めて不安定であり、地震に対しては極めてもろく、特に直下型地震に対しては現在のところ対応策はない。

(イ) 現在構造躯体の老朽化が激しく、仕上材についても既に生命を失つており、内外部にわたつて仕上モルタル、プラスター等の剥落、剥離が見られ、全面的な改修は困難である。今日要求される防災上の問題についても、既に建物自体耐震、耐火性能を失つており、階段も中央ホール型の階段であつて、一旦出火等の災害が発生した場合、直接生命の危険にさらされる心配がある。

(4) 以上のように、建物が大規模な修繕を必要とする状態にあつて、これを存置することにより付近居住者や一般通行人に損害を及ぼすおそれがあり、かつ付近商店街の発展のためにも支障を来たしている場合で、右修繕工事のために莫大な費用を要し、しかも右費用の割には耐用年数を延ばすことができないため、建物を取り壊して新築する必要がある場合には、解約申入れの正当事由を満たすものと言うべきである。

(二) 本件建物賃借人らとの明渡交渉について

(1) 原告は、本件建物の所有権取得後、同建物の賃借人ら(その入居状況は、別紙本件建物賃借人一覧表記載のとおりである。)との間で、新規契約及び条件の変更の交渉に入るとともに、建物を賃貸する以上は、建物自体が利用に耐え得るものでなければならないこと、利用者に安全でかつ人命等に危険がないことを前提としなければならないこと等から、前記(一)(3)記載の調査をしたが、この調査結果に基づき、最早本件建物の寿命は終つたものと判断し、本件建物を取り壊して新建物を建築することが、賃借人らは勿論、地域にも奉仕することにもなると考え、その計画を実施することにした。

(2) 原告は、昭和五三年春ころから、本件建物の各賃借人らと個別に賃貸借契約の合意解約とその条件についての交渉に入つた。その結果、別紙本件建物賃借人一覧表記載のとおり一階部分を除いて、賃借人らから貸室の明渡しを受けた。それ以後、本件建物の二階以上は空室であり、盗難あるいは外壁の剥離等を考慮し、壁の外側に金網を張り危険予防に万全を期している。

(3) 昭和五五年末現在、本件建物の一階部分は、被告と水原稔(以下「水原」という。)及び清月堂株式会社(以下「清月堂」という。)の占有部分が残されたが、原告は水原及び清月堂との間で、東京簡易裁判所昭和五九年(イ)第四四三号既決和解により、明渡しの時期、立退、営業補償、再入居及びその場合の賃料等の条件を取決めた。

(三) 新橋二丁目一二番地の再開発について

(1) 東京都港区新橋一、二丁目地域(国鉄新橋駅の東口と西口)については、終戦後の闇市が発展したこともあつて、国は、駅の東西を含めて広場の造成を立案、復興院総裁告示をもつて、都市計画を実施しようとした。しかし、権利関係が複雑であることから、その実施が遅れ、結局は公共施設の整備に関連する市街地の改造に関する法律(昭和三六年法一〇九号、通称「市街地改造事業法」)が制定施行され、国鉄新橋駅の東口に「新橋駅前ビル」二棟が建築され、西口には「ニュー新橋ビル」が完成し、駅前広場が設けられた。しかし、右事業法は運営に円滑性を欠くこともあつて、都市再開発法(昭和四四年法三八号)となり現在に至つているが、原告が意図する後記事業は、同法の目的と同一の趣旨のものである。

(2) 港区新橋二丁目一二番一ないし七の土地(合計五六八・七四平方メートル、以下地番だけで表示する。)の所有者とその他の権利者は別紙土地権利者一覧表記載のとおりであり、これらの土地が、一つの街区(中心部の東西・南北の距離約二五メートル)を形成しているが、この街区の東側は道路を隔てて高架鉄道線と新橋駅日比谷口に接し、北側は新橋一丁目から虎ノ門に至る外堀通り、西側は市街地改造事業により拡幅された柳通り、南側は新橋駅西口広場に接している。右の土地の内、一二番四、同番五を除く土地面積は合計五〇六・七六平方メートルであるところ、一二番一については原告が地上権を設定していること、一二番二については共有者の一人である北村光照が原告の取締役であることから、借地条件の変更は容易であり、街区の全土地を敷地とする新建物を建設することが最善の方法である。

(3) 原告は、本件建物を取り壊して新建物を建築する場合の基本構想を固めるためにも、建築設計図面を作成して、共用部分の部位、面積、専用部分を策定する必要があるので、昭和五八年四月には本件建物の取り壊し及びその他の諸手続、工事着工等ができるものとして、別紙基本構想記載のとおり基本設計を作成し、工程を策定した。

(4) 建築確認申請に添付する設計図面は、一般に実施設計図面と言われているが、例えば、水原及び清月堂との和解で確定した賃貸部分の区割等によつて基本設計の補正をしたものが実施設計となる。

(5) 原告は、都市開発法一条、二条の趣旨に沿つて計画立案した。従つて、本件建物の敷地等を中心とした土地を敷地とする建築予定の建物は、「土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新」であると同時に「公共の福祉に寄与する」ものである。

新橋地区は、銀座地区と比較して、ややもすると「従」たる立場に立たされている。これを覆すには、交通条件、街の環境・美観・営業関係の整備が必要である。新橋地区の入口であり、いわば顔に当たる一二番一ないし七の土地を、戦後まもない時の姿のまま放置するよりも、新しい市街地を作り、通行人からも、他の商店街業者からも期待を寄せられる街造りがあつて然るべきであり、原告はまさにこれを遂行しようとしているのである。そして、右事業を遂行させることが、原告の社会的責務であると自負し、再開発事業に多くの期待をかけている。

(四) 原告の事業資金について

(1) 原告は、右事業に要する資金として、別紙事業資金内訳記載のとおり、合計二〇億五二〇〇万円の費用を見積り予定している。

(2) その資金の大部分は、原告の取引先である株式会社第一勧業銀行日比谷支店(以下「第一勧業銀行」という。)から融資をうける予定であり、右銀行は事業の遂行につき、現に側面から援助している。なお、融資には、当然に担保の提供を要求されるが、原告は、原告所有の不動産の全部又は一部を担保に提供して融資をうける予定であるところ、この不動産の担保価値は、借入額に十分に見合うものである。

(五) 立退料の提供

原告は、被告に対し、昭和五六年五月二〇日の本訴第六回口頭弁論期日において、立退料として六七四一万六〇〇〇円を提供する旨申し出た。

昭和五六年一月一日当時の本件建物所在地の近隣基準地(東京都港区新橋一丁目二八番一外、木造又は中層の店舗用建物が並ぶ商業地域)の公示価格は一平方メートル当たり約二五七万円とされているので、本件建物の敷地の価格を右公示価格の五割増しとみた場合、被告に対する補償借家権割合は、別紙補償借家権割合算出方式記載のとおり、坪(三・三平方メートル)当たり一七九万円となる。

しかし、時流の変化と経済事情を考えた場合、被告の借家権に対する補償は三・三平方メートル当たり二〇〇万円とすることが相当である。

(六) 以上のように、本件建物は、老朽化していることは事実であり、地震等により倒壊するなどの事態が発生した場合は、被告及びその従業員は勿論、通行人その他近隣の人達にも、生命その他の危険と損害等を及ぼすことがあり、本件解約申入れは、これらを未然に予防する目的と、社会環境の整備を兼ねて、原告なりの法律上の義務と社会的責任を果たすためのものであつて、被告に対する立退料の提供を総合すれば、正当事由を有するものと言うべきである。

7  使用損害金について

本件建物の最低月額賃料は、三・三平方メートル当たり一万五〇〇〇円であるので、これに被告の占有面積を乗じた一か月四八万五三七〇円の割合による金員が使用損害金である。

よつて、原告は、被告に対し、賃貸借契約の終了を原因として、原告から金六七四一万六〇〇〇円の支払を受けるのと引換えに本件建物を明渡すことを求め、かつ、賃貸借契約終了の日以後の日である昭和五五年七月一七日(本件訴状送達の日の翌日)から右明渡済みまで一か月金四八万五三七〇円の割合による使用損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実はいずれも認める。

2  同4の事実のうち、本件賃貸借が法定更新されたことは認めるが、期間の定めのない賃貸借になつているとする点は知らない。

3  同5の事実のうち、原告が被告に対し、昭和五三年八月一六日に本件賃貸借の解約申入れをしたことは認める。

4  同6は争う。

5  同7は争う。被告が原告に対し供託している賃料は、一か月一一万六六二〇円である。

三  被告の主張

1  正当事由等の判断について

正当事由の有無は賃貸人と賃借人の事情を比較考量して判断すべきものとされるが、これが法律判断である以上、社会正義の実現という法の目的に反してはならないのであつて、現在社会問題となつているいわゆる「底地屋」の横行を許し、その暴利追及に加担する結果となるようなことは避けなければならない。

また、建物の朽廃とは、建物としての効用を失うということであり、右効用の有無は建物としての利用価値に重点をおいて判断すべきである。建物が朽廃しているとされれば、賃貸借契約の終了事由となり、該賃借物件を基礎に成り立つていた社会的経済的生活関係は覆滅するのであつて、その影響は計り知れない。ビルを建てた方が儲かるからというような経済的理由だけから判断することは許されない。

2  被告の事情について

被告は、昭和二九年六月三日、堤不動産から本件建物部分を賃借した。本件建物は、国鉄新橋駅の日比谷口の前にあり、本件建物部分はその一階にあつて外堀通りに面しており、深夜まで人通りがある。本件建物部分はこのように立地条件に恵まれているので、被告は終夜営業で中華料理店を営み、相当額の売上げを計上している。終夜営業で中華料理店を営むことができる場所は限られており、そのうえ、ほとんどの貸ビルが終夜営業を許していないので、被告が現在と同じ条件の下で同様の営業をすることができる賃借物件を見つけることは極めて困難である。被告が本件建物部分の使用を継続できなくなるような事態が生じれば、被告はその営業基盤を、被告の従業員はその生活基盤を失うこととなつてしまい、被告の存亡にかかわることである。

3  原告の事情について

(一) 原告は、被告ら賃借人がいることを承知しながら本件建物を取得し、取得後間もなく被告ら賃借人と賃貸借契約条件の交渉をしていた。原告側には、借家法一条の二にいう自己使用の必要性はない。

(二) 原告の本件建物取得の意図は、次のとおり賃借人を追い出して利益を得ることにある。

(1) 原告は昭和五〇年一月三日付売買により本件建物を取得しているが、翌年には、早くも本件訴訟において原告から本件建物が朽廃していることの証拠として提出された調査報告書を作成させている。原告において、本件建物を従来の賃貸人の地位を承継するものとして買受けたのであれば、同時に補修等についても検討するのが賃貸人としての当然の義務であるにもかかわらず、明渡しの道具とも言うべき右調査報告書の入手だけに関心を寄せているのは、当初から賃借人を追い出し暴利をむさぼろうとするいわゆる「底地屋」と同様の手口であるというべきである。原告は、不動産資本家として自社ビルを一個建築したいと希望しているだけで、新橋駅前再開発のための建替えなどということは単なる口実にすぎない。

(2) 原告は被告に対し、昭和五三年八月一六日、建物朽廃を理由に解約申入れをし、本件訴訟においても本件建物が老朽建物であることを解約申入れの正当事由としてきた。一二番の各土地の再開発ということは、裁判所の釈明に応じて昭和六〇年一二月一六日付準備書面で初めて主張されたものであつて、原告の真意でないことは明らかである。現に、原告が作成した設計図には、原告の主張に沿うような公共施設等の記載はなく、原告の再開発についての主張自体公共性が不明確であり、具体的提案が欠けている。

(3) 原告提出の図面には、神田三郎という名義があり、原告所有の他の不動産について転売していることから見ても、真に建築するつもりがあるのかどうか疑問であり、実現が危ぶまれる。また、原告の関連会社である株式会社吉野家(以下「吉野家」という。)の倒産等の諸事情からみて、原告が本当にビルを建てるのか、その力があるのかも疑問である。

4  本件建物は朽廃していない。

(一) 本件建物は、現在その効用を十分に果たしており、朽廃などしていない。現に、本件建物の一階部分では、被告ばかりでなく清月堂らも営業を続けており盛業中である。

本件建物と通り一つ隔てた東京都港区新橋一丁目二〇番地に堤第一ビルがあるが、これは、本件建物の建築前に、本件建物と同一の建築主によつて、本件建物と同一の規模で建てられたものであり、現在も支障なく使用されている。仮に本件建物につき老朽化しているという判断がなされた場合、堤第一ビルについても同様の事態となる。

(二) 仮に、原告主張のようなおそれがあるとしても、右堤第一ビルの現況から考えて、本件建物は、原告が相応の修理をすれば十分使用に耐えるものである。そして、補修の必要性があるとするならば、原告が右補修をしないまま、本件建物の老朽化等を理由として賃貸借契約の解約を主張することは、賃貸人として著しく信義に反するものであり、権利の濫用となる。

5  原告の調査結果について

(一) 本件建物が構造上老朽化しているかどうかを判定するためには、本件建物のあらゆる部分からとつた多数の試験体の試験結果を得たうえ、少くとも本件建物の構造計算ができる図面を作成し、その図面に基づき構造計算をして初めてできることである。原告が依頼したとする調査のように、わずか数体の試験体の試験結果だけから本件建物全体が老朽化して危険であるとの結論は出るはずがない。

(二) また、同調査において、判定基準とされている一八〇kg/cm2という数字の根拠が不明であるし、得られた強度が仮に六kg/cm2不足しても全体が強度不足であるとはいえない。

(三) 中性化試験についても、実際の躯体コンクリートを鉄筋位置まではつり落し数多くのデータから判定すべきであつて、わずか一か所だけの試験結果をもつて全体を判断することはできない。

鉄筋の錆による減耗率についても、使用された鉄筋径が不明であるにもかかわらず、鉄筋径を仮定して無理に算出している。

(四) 右調査は材料面での定性的な判断であつて、定量的なものではない。そして、定性的な判断をもとに本件建物と地震との関係を述べているが、地震の規模程度等についても何ら触れていない。

(五) 以上のように極く少数の試験体の試験結果に基づき、不明確な基準値をもつて、しかも本件建物の設計図に基づき構造計算等をすることもなく本件建物が老朽化して危険であるとする原告の主張は、その論拠とする調査と結論との間に飛躍があり、正当でない。

6  第一次鑑定について

(一) 第一次鑑定では、鑑定事項は「新橋堤第二ビルの地震等に対する耐用度(抵抗値)」にとどめ、老朽度については鑑定外としている。これは、耐久性というものを定量的に判断する方法について未だ方法論が確立していないためである。

しかも、右地震等に対する耐用度すら、地盤とは切り離した構造体としての本件建物のそれについての結論であつて、地盤との関係によつては大地震の場合でも倒壊しないこともあるとされており、老朽度、耐震性については何ら明らかにされていない。

(二) 第一次鑑定が採用している診断方法は、解約申入れの正当事由を判定する診断方法としては適切でない。

(1) 第一次鑑定は、財団法人日本特殊建築安全センター(現日本建築防災協会)編、建設省住宅局建築指導課監修による「既存鉄筋コンクリート造建築物の耐震診断基準付解説及び耐震改修設計指針付解説」(以下「耐震診断基準」という。)によつている。右耐震診断基準は、近年建築物の耐震性に対する認識の高まり、耐震工学の進歩により、学術的必要性の見地から現段階の技術水準以前に建設されたいわゆる既存建築物の耐震性能を評価しようという趣旨で策定されたものである。

(2) 本来、耐震性能を的確に判断することは、複雑かつ高度な技術を要するものであるため、多数の建物につき耐震性能の評価を短時間で行うことは極めて困難である。耐震診断基準は、それを普遍させるため多数の建物をできるだけ短時間に診断することを第一の目的とし多少耐震性能の評価精度が落ちることはやむを得ないとし、随所に大きな仮定を設けてできるだけ簡略化することを基本方針の第一としている。従つてより詳細な検討が可能な場合には他の方法によるべきであり、又、耐震診断基準により耐震性能が極めて低いと判断された建物に関しても、より詳細な検討を行うことが望ましいとされている。

(3) 耐震性能の評価は、本来、耐震診断と耐震判定とにわけられ、耐震診断は、建物の強さ(保有性能基本指標)、地盤の特性(地動指標)、建物の形状(形状指標)、建物の朽廃程度(経年指標)の四要素から得られるものであるが、このうち地盤の特性については、現段階で不確定要素が大きいため良否にかかわらず、一・〇と固定している。又、建物の形状の影響についても、計算による方法では困難であるためチェックリスト方式を採用している。更に建物の朽廃程度に関しては、その影響度を定量化することは極めて困難なため、ある程度主観が入るチェックリスト方式を採用している。

一方耐震判定については、治療が必要か否かの耐震判定基準値は特に定められていない。これは、判定値を定めるのに必要な要素となる建物と地盤の関係の研究のたち遅れ、地震の危険度の不確実性、社会的に影響のある建物の用途・重要度を評価するシステムが確立されていない等の理由により一義的に定められないのが実情だからである。

(4) 耐震診断基準では、あえて耐震判定に相当するものとして、参考程度に、一九六八年五月に発生した十勝沖地震の被害建物に耐震診断基準を適用した結果から、判定基準に関する一つの考え方を示しているが、右は、耐震判定の基準を示すことについて、多少強引であるとし、かつ、少ない適用例の結果でその値の妥当性についてもなお今後多くの適用例を積み重ねるなど種々の角度からの検討が必要であるとしたうえで、一応右十勝沖地震の経験ということで示しているにすぎない。

また、そもそも耐震診断基準は、保有性能以外の条件を加味して診断者が別に耐震判定基準を作成し判定を行うことを建前としている。しかるに第一次鑑定は、右基準の「Isoに関する一つの考え方」で示された目安をそのまま判定基準としている。

(三) 既存の鉄筋コンクリート造建物もその建築当時はすべて建築基準法等の法的規制に適合する合法的な建物であつた。それにもかかわらず、今日において第一次鑑定が採用している診断方法によれば、その相当数が第一次鑑定と同様の結論となる可能性がある。

(四)(1) 第一次鑑定が採用している耐震診断基準によれば、耐震性能は、保有性能基本指標、地動指標、形状指標、経年指標の各々を乗じ、構造耐震指標Isとして算出されるから、Isの大小は各指標の大小によつて左右されることになる。そして、第二次診断に用いる経年指標は二次調査によらなければならないとされ、二次調査では、調査のポイントとして、構造部材の健全性を損う異常現象のうち、構造きれつ、変形、変質、老朽化を有害度の点から三ランクに分け、この分類により当該建物について類似の現象と発生部位、範囲を各段階毎にチェックしようとしている。

(2) 第一次鑑定のための参考資料によると、経年指標算定のための建物の調査として、材料強度及びコンクリートの中性化、不同沈下調査を行い、現地調査結果の要約を示している。また、経年指標の算定結果として、二次調査による経年指標Tの算定結果を掲げている。しかし、建物の変形、変質、老朽化については調査を行つているが、構造きれつについては減点数を算定した根拠となる調査結果が示されていないし、仕上材の一部を除去してきれつ調査をした形跡も認められない。また、そもそも、どの階を調査したものか明らかでないばかりか、階毎の経年指標も示されていない。

(3) このように、右参考資料中の経年指標には、根本的な疑問があり、従つて、右経年指標を用いて計算された構造耐震指標Isは信頼することができない。

(五) 第一次鑑定のための参考資料は、次の点でも信頼性が欠けている。

(1) 建物躯体調査について

参考資料には本件建物の外壁は補強ブロック造であると記載されているが、補強ブロックとされている部分が鉄筋コンクリートであることが判明している。

(2) コンクリートコアサンプリングの数量について

右参考資料によると、コンクリートの圧縮強度を推定するためにコア抜き調査を実施し、サンプル位置の内訳は二階柱から三本、四階柱から三本計六本となつている。ところが圧縮強度試験結果(試験方法JIS―A一一〇七)には、計一〇試科の圧縮強度が記載されている。これは、四階の三本と二階の一本のコアについて一試科を二つに分割し、その両片を各一試科として圧縮試験を行つたもので、このような調査方法は適正ではない。

更に、本来なら二階、四階の試科数は等しいものでなければならず、二階を四試科、四階を六試科としたのではデータの重みが異なつてくる。従つて統計学上の推定によつて得られた値が真の値であるとは言い難い。

(3) コア径について

右参考資料に示されているJIS―A一一〇七は、日本工業規格のうちコンクリートの中からコア及びはりの切り取り方法及び強度試験方法を示すものであるが、右においては、コンクリートからのコアの供試験体寸法は「コアの直径及びはり供試体断面の一辺は粗骨材の最大寸法の三倍以上とし、どんな場合でも二倍以下としてはならない。」と定められている。

ところが、右参考資料における調査では、コア径は、一本が六七・六ミリメートル、他の五本が五五・七ミリメートルとなつているのに対し、粗骨材の最大寸法は明らかに二五ミリメートル以上あり、中には四〇ミリメートル前後のものが含まれており、供試体として不適当である。

(4) コア圧縮強度試験及び計算方法について

本件のような鑑定の場合、一般的に試験機関を明示するのが普通であるが、今回の場合どの機関が実施したものか明らかではない。また、JIS―A一一〇七では、供試体の高さがその直径の二倍より小さい場合は試験で得られた圧縮強度に〇・八九ないし一・〇の範囲の補正係数を乗じて補正しなければならないとされているにもかかわらず、補正係数として一・〇以上の係数が示されているなど、明らかな誤りが発見されている。

(5) コア内のコア鉄筋介在について

右参考資料のコアの写真(C―204のコアについて)を見るとコア内左側に三日月状の鉄筋と思われる形跡がある。一般に鉄筋を三日月状に切断するとコアビットに異常な負荷が加わり、更にビットがスムーズに回転せず振動が発生して、粗骨材とモルタルの付着を低下し、極端な場合にはコアがバラバラになつてしまう。従つて右コアがバラバラになつているのは、コンクリート強度が低いのではなくコア採取方法に問題があつたものと思われる。

(六) コンクリート圧縮強度について

(1) 第一次鑑定及びそのための参考資料におけるコンクリート圧縮強度試験結果については、前記のとおり、サンプリング及び計算方法に問題があり、信頼性に欠け、これに基づいた値は不適切であると思われる。

(2) 右試験結果の評価についても、第一次鑑定の目的は、コンクリート強度が高いか低いかを判定するものでなく、あくまで地震に対する抵抗度を推定するものである。Isは地震に対し水平耐力がどの程度にあるかを算定するもので、コンクリート強度は間接的に関与するものの強度が低いから抵抗度が低いと即断できるものではない。

(3) コンクリート圧縮強度の目安として一八〇ないし二一〇kg/cm2が多く用いられたのは昭和三〇年代後半で、それ以前は、一三五kg/cm2が主流を占めており、こういつた歴史的経緯を踏まえると、本件建物のコンクリート強度は低いとは言えない。

(七) 第一次鑑定結果には重大な疑義がある。

(1) 耐震診断基準により求められた評定点Isに応じて耐え得る入力加速度は、別紙入力加速度計算式記載の計算式で求められ、右計算式によつて求められた加速度入力地震で危険状態に入ると推定される(梅村「構造安全性の意味」建築雑誌一九八一年三月号、建設省住宅局建築指導課監修、社団法人日本建築士連合会発行「建築設計者のための新しい耐震基準の手引」)のであるから、本件建物について、第一次鑑定で得られた結果(Is=〇・一五九)を用いて危険な状態に入ると言われる入力加速度を計算すると、次の計算式のとおりとなり、五二ガルの地震を受けた場合には、本件建物は、第一次鑑定にいう顕著な被害を受ける状態に至つているものと推定することができる。

(計算式)

(2) 東京地方において震度階Ⅳを記録した昭和五五年九月二五日の千葉県中部地震(規模マグニチュード六・一)の際の、本件建物に近い観測点における強震観測報告によれば、右各点における加速度は別紙強度観測結果記載のとおりであるから、右結果から推定すると、本件建物の周辺地表加速度は五〇ガル前後ではないかと思われる。

(3) 以上によれば、観測された強震記録と耐震診断から逆算される加速度はほぼ同じであるのに、本件建物には破損した形跡はない。

(4) なお、昭和六〇年一〇月四日東京地方にマグニチュード六・二の地震があり、震度階Ⅴ(八〇ないし二五〇ガル)を記録したが、本件建物には大破した形跡どころか、何の影響もない。

(5) 従つて、本件鑑定には重大な疑義があり、この鑑定に依拠することは許されない。

7  第二次鑑定について

第二次鑑定によれば、建物の梁、柱からなる全構面に機能上必要最小限の開口部を残して全階にわたつて鉄筋コンクリート造の耐震壁を増設すれば、その耐震性能は通常好ましいとされる程度にまで改善され、その補強費用は四九〇〇万円程度と見積もられている。

右補強費用は、本件建物の新築費用に比較すれば、はるかに低額であり、この点からも本件建物がその効用を失つているとは言えないことは明らかである。

8  原告が提示した立退料について

原告は、被告に対し立退料の支払を提案したが、そもそも、その基となつている本件建物の敷地の評価が時価より著しく低いものである。本件建物敷地の時価は、三・三平方メートル当たり、一億円を下らないことは周知の事実である。原告提示の金額程度の立退料では、税金を控除した後の手取額が被告の一年分の売り上げ高にも及ばない額となつてしまい、他に同規模の賃借物件を求めることすらできない。被告は本件建物部分を賃借するに際し買取価格以上の出費をしており、今日の貨幣価値に引き直すと原告提示の金額では遙かに及ばない。前所有者堤商店はその経緯を十分承知していたから、被告の賃借権については他とは異なる配慮を加えてきたのであつて、所有者が変つたからといつて原告が提示するような低額の立退料で立退かなければならないいわれはない。

四  被告の主張に対する認否

被告の主張のうち、被告が本件建物部分で中華料理店を営んでいることは認めるが、その余は争う。

五  原告の反論

1  仮に、原告が本件建物の敷地のうち原告所有地を処分しようとしても、一二番三、六、七の三筆では地形が粗悪であるから事実上処分は不可能である。烏森神社と北村光照外二名の共有地である同番一と二とを合わせて利用し、一街区を対象とすることが高度利用となるので、処分は絶対にしないし、又あり得ない。

2  原告は、吉野家の倒産により損失を破つたけれども、吉野家の株式とその余の損失の償却は、昭和五六年度から同五九年三月期に亘つて処理されている。

六  原告の反論に対する認否

1  原告の反論1は争う。

2  同2の事実は知らない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一1(一) 請求原因1ないし3の事実はいずれも当事者間に争いがない。

(二) 同4の事実のうち、本件賃貸借が法定更新されたことは当事者間に争いがなく、右によれば、本件賃貸借は、期間の定めのない賃貸借となつたものと認められる。

(三) 同5の事実のうち、原告が被告に対し、昭和五三年八月一六日、本件賃貸借の解約申入れの意思表示をしたことは当事者間に争いがなく、右解約申入れから六か月が経過したことは当裁判所に顕著である。

2 そこで、以下において、右解約申入れに正当事由が存するかどうか検討する。

二本件建物の物理的状況について

1  〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(一)  本件建物は、大正時代に建てられた鉄筋コンクリート造(ただし、外壁は、後記のとおり補強コンクリートブロックが主体である。)の建物であるが、本件解約申入れの時点において築後約六〇年程度を経過している。

(二)  構造の概要

(1)  柱、梁及び床は鉄筋コンクリート造、外壁は主として補強コンクリートブロック造、壁はコンクリートブロック造である(昭和五九年一一月一七日当時の本件建物の状況を写した写真であることに争いのない〈証拠〉によれば、別紙平面図(二階)における四通り(④の柱列)の及び付近にある換気扇の穴のあたりは、鉄筋コンクリート造であることが認められるが、〈証拠〉によれば、外壁については、壁体調査において別紙平面図(二階、四階)記載のW―201、202、401、402、403の各個所においてハンマードリルではつり、補強コンクリートブロック造であることを確認し、W―401、402、403と同図記載「←」印の個所をドリルで穴を開けてその感触によつてコンクリートブロック造であることを確認したことが認められるから、外壁の大部分は補強コンクリートブロック造であると推認することができる。)。

(2)  基礎は、一階構造床スラブの下に厚さ約二二センチメートルのべた基礎スラブが設けられているが、杭が用いられているのかどうかは不明である。

(3)  柱は、比較的細かい間隔に配置されているが、その太さはかなり小さい。

(4)  梁の断面寸法は、現在の慣用値と比べて小さいうえに各階の間で規則性がなく、ばらばらな値になつている。また梁の主筋や肋筋についても量が少ないこと、著しく細い径のものと太い径のものとが混用されていることなど、耐震工学上からみて常識を逸脱した状態である。

(5)  屋根床はその他の階に比べ、厚くて重い。

(6)  このように、本件建物は、通常の同規模の建物と比較して、やや重い割に、水平力に対する抵抗要素が少なく、耐震上の配慮も十分ではない。

(三)  建物の現状及び材料強度

(1)  不同沈下及びそれに伴う耐力低下の傾向はみられない。

(2)  コンクリートの中性化は進んでおり、構造的に重要な鉄筋の錆もかなり進んでいる。また局部的に著しく腐食の進んでいる鉄筋がみられる。

(3)  柱の主筋等主要な部分の鉄筋は、普通丸鋼で、その降伏点強度は平均約三〇〇〇kg/cm2であり、現在通常用いられているものと大差ない。

(4)  柱から採取した試験片によるコンクリート圧縮強度は、後記のとおり、四階で約一六八・六kg/cm2、二階で一〇八・一kg/cm2であり、現在通常得られる値一八〇ないし二一〇kg/cm2に比較するとかなり小さい。また、コンクリート打設状況の不良箇所があり、一部ではあるが、火災を受けた跡もみられる。

(四)  耐震安全性の計算結果

本件建物(二階及び四階)の耐震安全性の尺度を表わす構造耐震指標(Is)の計算結果は別紙Is計算結果記載のとおりである。なお、耐震診断基準では、一九六八年の十勝沖地震程度の地震に対して安全と考えられるIs限界値をIsoとして、第二次診断法による結果に対して、〇・七という値を目安とすることが提案されている。

(五)  鑑定結果は次のとおりである。

(1)  第一次鑑定

調査を実施した二階及び四階以外の階についても、これらとほぼ同程度の耐震性能であると考えられ、総体的に、本件建物の耐震安全性は十分ではなく、十勝沖地震程度の地震で顕著な被害を受けることが推定される。従つて、現状のままで継続使用することは避けるべきである。

(2)  第二次鑑定

本件建物について補強設計を行つた結果によれば、建物の梁、柱からなる全構面に、機能上必要最小限の開口部を残して、全階にわたつて鉄筋コンクリート造の耐震壁を増設すれば、その耐震性能は、通常好ましいとされる程度まで改善されると考えられる。右補強には、別紙補強工事費見積り記載のとおり、四九三〇万円程度の費用を要し、右に加えて、建物自体の老朽化に対する補修を加えると更に高額な費用が必要となる。

2  被告は、第一次鑑定は、耐震診断基準が一つの考え方として示した目安をそのまま判定基準としたこと、右基準による耐震性能算出の指標の一つである経年指標(T)の算定について調査不十分であると主張するので、検討する。

(一)  〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(1)  第一、第二次鑑定が採用している耐震診断基準は、既存の五、六階建以下の中低層鉄筋コンクリート造建物の耐震診断をできるだけ短時間に略算的に実施することを目的としたもので、略算のレベルの異なる第一次ないし第三次診断法(次数が上がるにつれより詳細な略算がなされる。)から成るものである。右のように、右基準は、多数の建物の耐震性能をできるだけ短時間に診断することを第一の目的として作成されたため、多少精度が落ちることはやむを得ないとして、随所に大きな仮定を設けて、できるだけ手法を簡略化することを第一の基本方針としている。従つて、より詳細な検討が可能な場合にはそれによるべきであり、右基準によつて耐震性能が極めて低いと判断された建物に関しても、より詳細な検討を行うことが望ましいとされている。

(2)  耐震診断基準は、建物の保有する耐震性能に相対的な点数を与え、右耐震性能を連続量の指標で表わすことを主目的としているため、何点以上の建物を良しとするか、何点以下の建物は詳細な調査を行うか、あるいは補強を行うかという点については、保有性能以外の条件を加味して診断者が別に耐震判定基準を作成し、判定を行うことを建前としている。

(3)  建物(構造体)の耐震性能を表わす構造耐震指標(Is)は、保有性能基本指標(Eo、その意味内容は、別紙Is計算結果記載のとおりである。)、地動指数(G、建物が建てられている敷地の局地的な地動の増巾度、地盤種別と建物の性質との関係など主として建物基礎に作用する地動の局地的な特性を示す指標であるが、現段階ではこれを簡単に評価することは困難なので、一応一・〇と仮定されている。)、形状指標(構造計画指標、SD、その意味内容は別紙Is計算結果記載のとおりであるが、略算では困難な部分をチェックリスト方式で考慮しようとするものである。)、経年指標(T、その意味内容は別紙Is計算結果記載のとおりであるが、主として目視によるチェックリスト方式によつている。)の積として求められる。

(4)  財団法人日本建築防災協会発行、建設省住宅局建築指導課監修「既存鉄筋コンクリート造建築物の耐震診断基準・改修設計指針適用の手引」においては、耐震判定基準として定められる基準Is指標値Isoは、その地域の地震危険度、建物の用途、重要度などを考慮して定めることになり、これらを一義的に定めるのは現段階では困難なことであるが、耐震診断基準を十勝沖地震の際の被害及び無被害建物などに適用した例などから、Isoに関する一つの考え方として、今後、多くの適用例を積み重ねるなど種々の角度からの検討が必要としながらも、第二次診断用としては、Isoを〇・七前後とし、プラスマイナス〇・〇五位の幅をもたせ、Isが〇・四以下の建物については耐震性能に疑問がある旨の記載がなされており、第一次鑑定では、一応右のIsoについての基準による検討がなされている。

(二)  前掲各証拠によれば、次の事実が認められる。

(1)  第一次鑑定においては、経年指標の算定にあたり、耐震診断基準にいう二次調査を採用しているが、二次調査とは、調査担当者が現地建物を、原則として仕上材の上から目視または簡単な寸法実測により、①構造きれつ及び変形の発生程度とその範囲、②変質、老朽化の程度とその範囲について、別紙二次調査の減点数集計表に従つて、各現象別の発生程度と範囲を、原則として各階別に調査し、減点数Pを集計する(調査できない階は除外するものとする。)方法により検討することをいう。右調査のポイントは、概ね構造部材の健全性を損う異常現象のうち、構造きれつ、変形、変質、老朽化に着目し、体験的な目視事例を、有害度合の点から、a(著しく悪い)、b(悪い)、c(やや悪い)の三ランクに分類し、これと類似の現象の発生部位と範囲を現地においてチェックしようというものである。なお、きれつ状況、老朽化の程度によつては、必要に応じて仕上材の一部を取りはずして調査を行い、またなるべくなら躯体コンクリートのきれつの確認は、仕上材を一部除去して行うのが望ましいとされる。

(2)  第一次鑑定における右調査結果は、別紙二次調査の減点数集計表記載のとおりであるが、右調査は、第一次鑑定における調査担当業者である建築技術センターの職員が担当し、広沢鑑定人も自ら行つた本件建物の状況、鉄筋の錆具合、中性化についての調査結果等に照らして、右調査結果を承認したものであるが、費用の制約等のため、きれつ図の作成、きれつの実測等は行わず、また、調査結果も、階別にではなく、二階と四階とを総合した形で算出された。

(三)  以上の事実に照らして検討すれば、第一、第二次鑑定が採用した方法は、既存の鉄筋コンクリート造建築物の耐震性を略算するものであり、その意味では精密さを欠く面があることは否定できないけれども、前掲各証拠によれば右の診断方法は建設省の指導のもとに現在まで多くの建物の診断に用いられているもので、世界的にも広く紹介されている方法であることが認められるうえ、本件においては、本件建物が地震によつて倒壊するかどうかということ自体が争点となつているのではなく、賃貸借契約解約申入れについての正当事由の有無に関して、本件建物の耐震性能が、老朽度等も含んだ本件建物の物理的状況についての一判断資料として問題とされるにすぎないのであるから、右の点を考慮すれば、右方法を用いた鑑定結果は、本件建物の物理的状況について、一定の傾向を示す資料として十分であると言うべきである。

また、第一次鑑定における経年指標の算定は、耐震診断基準の予定している調査に比して厳格さに欠けている面は否定できないけれども、そもそも経年指標については、定量的判断が困難であるため、チェックリスト方式という定性的判断を導入しているものと考えられるのであるから、定性的判断としては、二次調査の予定している手続の厳格さを守らなかつたからと言つて、そのことによりその結論に決定的な影響を及ぼすものとは認められないものと言うべきである。

3  次に、被告は、第一次鑑定のための参考資料の信頼性を非難するので、検討する。

(一)  〈証拠〉によれば、第一次鑑定において、別紙平面図(二階、四階)記載のC―204、207、210、403、404、409の各柱からコンクリート・コアを採取し、圧縮強度試験を実施しているが、その各コアの重量(w)、長さ(h)、直径(d)、断面積(A)、h/d比の補正値(第一次鑑定では、この点にミスがあつたので修正した値を挙げる。)、圧縮荷重(P)及びこれらにより求められる圧縮強度は別紙圧縮強度試験結果記載のとおりである(C―409、403、404、207については一本のコアから二本の供試体をとつたものである。)ことが認められる。右によれば、コンクリート圧縮強度は、四階については平均一六八・六kg/cm2二階については一〇八・一kg/cm2ということになる。

(二)  被告は、コンクリートコアサンプリングの数量について、C―409、403、404、207について一つのコアから二本の供試体をとることはその分割したコアの影響が大きくなり不適正である旨主張しているが、少なくとも四階について言えば、三か所において、それぞれ一本ずつコアを採取し、そのいずれも二つに分割して試験をし、その結果を平均しているのであるから、被告の非難はあたらないと言うべきである。また、被告の指摘は、分割した二本の供試体が同様の試験結果を示すことが前提とされているが、本件においては、C―404を除き、いずれもその二本の間には五〇kg/cm2以上の差が存在しているのであるから、この点からみても被告の非難はあたらないと言うべきである。

(三)  被告は、C―204のコア内に鉄筋が介在しており、そのためにコアの強度を弱めている旨主張するが、右コアに鉄筋が介在していると認めるに足りる証拠はない。

(四)  〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(1)  コア径は原則として一〇センチメートルとされているが、それは、コア径が小さくなる程、強度が低下する傾向にあり、精度が十分とは言えないためである。

(2)  JIS―A一一〇七においては、コア径は、一般に粗骨材の最大寸法の三倍以上とし、どんな場合でも二倍以下としてはいけない旨規定しているが、その趣旨は、コンクリートが粗骨材とモルタルとの複合形成物であるため、粗骨材が過度に大きいような供試体で試験をすると粗骨材とモルタルとの間のはがれが早くなり、圧縮強度が低めに算出される可能性があるためである。

(五)  ところで、第一次鑑定において使用されたコア供試体は、コア径が六七・六ミリメートルのものが一本(分割前、以下同じ)、五五・七ミリメートルのものが五本となつており、また粗骨材も、C―207、210においては、コア径の半分以上の大きさのものが含まれていることが認められるのであるから、前記(四)に照らせば、前記コンクリート圧縮強度については、ある程度、右の点を考慮に入れて判断しなければならないものと言うべきである。

(六)  〈証拠〉によれば、昭和五一年二月一四日に、都市建築設計事務所が本件建物五階の柱から採取したコンクリートコア(長さ一二・九九センチメートル、直径九・九八センチメートル、重量一四五〇グラム)について、同月二六日に、建材試験センターが実施した圧縮強度試験において一七四kg/cm2という結果が出た(最大荷重一四・五トン、補正係数〇・九四)ことが認められるが、右結果と第一次鑑定における圧縮強度試験の結果を総合すれば、前記(五)の点を考慮しても、全体的にみて、本件建物のコンクリート強度は、通常の程度(一八〇ないし二一〇kg/cm2)に比べて劣り気味であると認められるものと言うべきである。

(七)  なお、〈証拠〉によれば、コンクリート強度は、Isの算定において無関係ではないが、その増減かIsの値に対して、直接的に同割合で影響を及ぼすというようなものではないことが認められる。

(八)  本件建物の外壁は、主として補強ブロック造であることは、前記1、(二)(1)記載のとおりである。

(九)  以上のとおり、参考資料の信頼性に対する被告の非難は、すべてあたらない。

4  地震による影響について

(一)  〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(1)  耐震診断において算出されたIsに応じて、耐え得る入力加速度については、別紙入力加速度計算式の計算式によつて求めることができ、第一次鑑定結果において求められたIs値(〇・一五九)をあてはめてみると、次の計算式のとおり、五二ガルの入力加速度の地震を受けた場合には、本件建物は顕著な被害を受けることが推定されるということになる。

(計算式)

(2)  昭和五五年九月二五日に発生したいわゆる千葉県中部地震(東京地方震度階Ⅳ)の加速度の本件建物に近い観測点における値は、別紙強震観測結果記載のとおりであり、昭和五九年三月には東京地方震度階Ⅳ、昭和六〇年一〇月には、東京地方震度階弱いⅤという地震が発生しているが、本件建物は倒壊等の顕著な被害は受けていない。

(二)  しかしながら、〈証拠〉によれば、地震の建物に対する影響には、建物の抵抗力だけではなく、地盤等の他の要素も関係し、また本件建物は、中小規模の地震に対しては、一定の抵抗力を有しているが、大規模の地震に対する抵抗力が欠けていることが認められるのであるから、右(一)の事実があるからといつて直ちに第一次鑑定の結論が誤りであると言うことはできない。

5  以上のとおり、第一次鑑定には、その前提となる調査結果等について若干の不備な点が認められるけれども、前記のとおり、そもそも本件においては、本件建物が地震によつて現実に倒壊するかどうかを決定するのではなく、その可能性等を含んだ物理的状況を正当事由の一要素として検討するのであるから、第一次鑑定の結論を、その方向で評価した場合には、十分右判断資料たり得るものと言うべきである。

三本件建物の利用状況について

〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

1  原告は、昭和五〇年一月三〇日に本件建物を堤商店から買い受けた後、本件建物の賃借人ら(右当時の賃借人は別紙本件建物賃借人一覧表記載のとおりである。)との間で、新規の賃貸借契約を締結するための話し合いを開始した。

2  右交渉における原告と被告との間の交渉経過は、別紙交渉経過記載のとおりであり、被告が昭和五〇年九月二五日に賃料の供託を開始してからは、話し合いは行われなくなつた(なお、右家賃の供託は現在まで継続中である。)。

3  原告は、昭和五一年二月、都市建築設計事務所に対し、本件建物の安全性についての調査(コンクリート圧縮強度試験及び中性化試験並びに鉄筋の引張強度試験及び腐食度)を実施させたところ、次のような調査結果が出された。

(一)  数少ない、不十分な供試体から、本件建物の耐久性、安全性について結論を出すことは妥当ではないが、少なくとも、コンクリート強度の不足、施工精度のばらつき、鉄筋の発錆が著しいことによる鉄筋コンクリートの老朽化等の理由から、本件建物は根本的対策(改築)を必要とする構造体であると判断される。

(二)  地盤(地下一六メートルまで地耐力ゼロに近いシルト層)と松杭の関係から極めて不安定で、地震に対して極めてもろく、特に直下型地震に対しての対応策は不可能である。

(三)  構造躯体の老朽化も激しく、仕上材は既に生命を失つており、内外部でその剥落、剥離がみられる。設備面でも全面的改修は困難である。防災上の問題については、既に本件建物自体、耐震、耐火性能を失つており、階段も中央ホール型の階段であるため、出火等の災害が発生した場合、直接生命の危険にさらされる心配がある。

4  原告は、右調査結果から、本件建物を引き続き賃貸することは危険であると考え、本件建物を取り壊して、新たにビルを建築する計画を立て、本件建物の賃借人と明渡交渉に入つた。その結果別紙本件建物賃借人一覧表記載のとおり、賃借人らが各賃借部分を明け渡し、現在、本件建物に入居しているのは、被告と清月堂だけという状態になつた。

5  原告は、清月堂及び右代表者である水原との間で、昭和五九年一一月九日、水原及び清月堂賃借部分の明渡しについて、別紙和解条項記載のとおりの即決和解(東京簡易裁判所昭和五九年(イ)第四四三号)を成立させた。

四原告の本件建物周辺の開発計画について

1  〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(一)  本件建物が所在している東京都港区新橋二丁目一二番地は、一つの街区(面積合計五六八・七四平方メートル)を形成しており、東側は新橋駅日比谷口、北側は外堀通り、西側は柳通り、南側は新橋駅西口広場に接しているが、右内訳と各筆の所有者、利用者は、別紙土地権利者一覧表記載のとおりであり、右各筆の位置関係は別紙区分図のとおりである(本件建物の敷地は、一二番一と同番六であり、同番二の共有者の一人である北村光照は、原告の取締役である。)。

(二)  原告は、右街区が新橋駅前に所在し、いわば新橋地区の顔にあたることから、本件建物を取り壊した後、右街区を一体として敷地とする共同ビルを建設することを計画し、とりあえず、原告が所有権あるいは借地権を有している一二番一ないし三、六、七の各土地を敷地として、別紙基本構想記載のとおり基本設計を行い、その後規模、構造を、別紙和解条項添付物件目録第二記載のとおり変更した。

(三)  右計画の事業資金としては、別紙事業資金内訳のとおり、合計二〇億五二〇〇万円が見込まれているが、原告は、右事業資金につき、原告所有の不動産を担保として、原告の取引銀行である第一勧業銀行から融資を受ける予定にしている。

2  そこで、原告の右事業計画が資金的に可能なものであるかどうかについて検討する。

(一)  〈証拠〉によれば、原告は、多くの土地、建物、地上権等を有しているが、それらの不動産について、次の要領で担保価値を評価した場合、別紙担保価値評価一覧表記載のとおり合計約一七三億円の余剰価格があるものと認められるのであるから、前記事業資金借入において、十分担保価値を有しているものと言うべきである。

(1)  原告が有する地上権や、借地上の建物の価格は、右算定に含めない。

(2)  登記簿上崖地とされている部分は評価に含めない。

(3)  原告所有地上に原告所有建物が存在する場合には、右建物も合わせて、土地の更地価格による(乗率一)。

(4)  原告所有の地上権物が存在しない土地については、土地の価格の三割をもつて評価額とする(乗率〇・三)。

(5)  土地の評価については、近隣基準地の地価公示価格による(各近隣基準地の昭和六〇年度の地価公示価格が別紙担保価値評価一覧表記載のとおりであることは、当裁判所に顕著である。)。

(6)  原告所有の不動産に抵当権、根抵当権が設定されている場合には、右算定価格から、抵当権の被担保債権額、根抵当権の極度額を控除する。

(二)(1)  〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(ア) 原告の関連会社である吉野家が、昭和五五年に倒産し、会社更生決定(東京地方裁判所昭和五五年(ミ)第八号会社更生手続事件)を受けた後、右更生管財人と原告の関連会社である新和観光株式会社、株式会社ニッショー及び利害関係人として参加した原告との間で、裁判上の和解(東京地方裁判所昭和五六年(ヨ)第二〇四五号)が成立した。

(イ) 原告は、右和解の費用及び右和解条項に基づく債務の処理のために合計一億八四六四万円の損失を被つた。

(ウ) また、原告は、吉野家の倒産に伴い、原告の保有する吉野家発行株式一万株の評価損として合計九〇〇〇万円の損失を被つた。

(2)  しかしながら、〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(ア) 原告は、前記和解に基づく費用等の損失については開発費償却として、吉野家の株式評価損については、株式消却損として、昭和五五年度から昭和五八年度までの間に別紙吉野家関係損失処理状況記載のとおり処理済みである。

(イ) 原告の決算においては、昭和五五年度決算(昭和五六年三月期)において損失が生じているものの、昭和五六年度から昭和五八年度までは利益が生じており、前記各処理による経営面への影響は見受けられない。

3  〈証拠〉によれば、原告は、被告に対する最初の解約申入れの時点では、その事由として、本件建物の老朽化、朽廃を挙げているだけで、新橋地区の再開発、新建物建築という点は挙げていないことが認められ、また、原告が右再開発等を明確に正当事由として本訴弁論において主張したのは昭和六〇年九月二五日の第二八回口頭弁論期日であることは当裁判所に顕著であるが、他方、〈証拠〉によれば、原告は、本件建物が老朽化していたため、とりあえず各賃借人から昭和五五年中に明渡しを受け、それから具体的な再開発計画をたてる予定で交渉を進め、昭和五六年ころには、前記基本設計を作成していることが認められ、右基本設計図面が、昭和五八年六月二四日の本訴第一六回口頭弁論期日において原告から書証として提出され、右計画について現在原告の代表取締役である井手義裕が同年一〇月七日、昭和五九年一月二五日の本訴第一七、第一八回口頭弁論期日に証人として、同じく富田稲蔵が、同年九月一二日の本訴第二一回口頭弁論期日において原告代表者として、それぞれ言及していることは当裁判所に顕著であるので、右に照らせば、右計画を正当事由とする主張が弁論においてなされた時期が遅いからといつて右計画が原告の真意ではないとすることはできない。

4  〈証拠〉によれば、前記基本設計における工事概要には、建築主として「住所中央区日本橋堀留町二―一氏名神川三郎」との記載がなされていることが認められるが、原告代表者富田稲蔵の尋問結果によれば、右記載は、設計計画が外部に漏れると、原告のところに建築工事関係業者が多数受注の申入れに訪れることになるので、それを避けるため、原告代表者が指示して仮名を使わせたものであることが認められ、また、前記のとおり、原告は水原及び清月堂との和解において、休業補償の支払(別紙和解条項八項)を約束していることに照らせば、前記仮名の建築主の記載の事実から、原告が本件建物敷地を他へ売却するつもりであると認めることはできない。

五被告側の事情について

〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

1  被告は、本件建物部分において、「広東飯店」という屋号で大衆中華料理店を経営しているが(被告が本件建物部分で中華料理店を営んでいることは当事者間に争いがない。)、その実質は、右中華料理店からの収入を中心とした、被告代表者の個人会社と言うべきものである。ほかに、一二番五の土地上に通称東ビルという鉄筋コンクリート造四階建のビルを所有し、他に賃貸している。

2  右中華料理店には、コック七名を含む二三名の従業員(このうち、正社員はコック七名だけである。)がいるが、右従業員らと被告代表者夫婦(妻の東嘉子は被告の取締役に就任している。)は、右中華料理店の売上に依拠して生計を維持している。被告代表者は、高血圧性心疾患で加療中であり、従業員の平均年齢は比較的高い。

3  右中華料理店の営業時間は、午前一一時から翌日の午前三時までであるが、売上が多い時間帯は、昼間は一時間程度、夜は午後九時から翌日の午前一時ころまでであり、この夜の時間帯の売上げが一日の売上げの三分の二を占めている。従つて、右のような深夜営業ができなければ、売上は大幅に減少することになる。

4  本件建物の位置関係は前記のとおりであるから、昼間は付近の会社員、店員が、夜間は銀座、新橋などで飯酒した帰りの客や、飲食店の店員等が客層の中心となり、このことも、前記時間帯に売上げが多いことの一因となつている。

5  右中華料理店の売上げは、年間およそ一億三〇〇〇万円前後、従業員に対する給料手当は同じく四〇〇〇万円前後営業利益は同じく二〇〇〇万円前後であるが、前記営業形態を維持することができなければ、売上げが三分の一程度に減少してしまうことが予想される。

6  本件建物の周辺で、前記営業形態を維持して営業することができるような店舗を見つけることは、かなり困難である。

六1  以上によれば、本件建物はそれ自体老朽化が相当進んでおり、耐震性の点でも危険性を否定することができないこと、右老朽化に対する補修、耐震性のための補強には、相当高額の費用を必要とするが、それにより本件建物の機能が増加するというものではないこと、本件建物は、新橋駅前という土地の高度利用が望ましい場所に立地していること及び原告の新建物建築計画も相当程度具体化しており、被告を除く他の賃借人についての明渡交渉がすべて完了していることに照らせば、原告が本件土地上に新建物を建築し、本件土地をその敷地として使用しようとすることには相当程度の合理性があるというべきであつて、本件解約申入れは権利濫用にはあたらないものである。

2  被告は、会社組織はとつているものの、その実体は、被告代表者の個人会社であるから、本件において問題になるのは、被告が経営する中華料理店の収入に生活の基礎を置いている被告代表者夫婦及び右中華料理店の従業員の生活の面であるが、中華料理店の営業形態等の事情を考えると被告が本件建物部分を明け渡した場合には、他の場所で直ちに従前どおりの売上げを得るということは極めて困難であり、場合によつては営業規模の縮少や廃業による従業員の失業という事態に陥ることも考えられないわけではない。しかし、被告は東ビルの賃料収入をも得ているのであるから、他所へ移転し、あるいは営業形態を変更することによる減収をある程度補うことができれば、後は被告の経験と営業努力で対応することも可能であると考えられる。従つて、右の点は、主として経済的問題であると言うことができる。

3  以上の点を総合して検討すれば、原告から被告に対し、被告代表者夫婦及び従業員の生計を維持できる程度に右減収を補うだけの立退料の提供がなされれば、正当事由を具備するものと言うことができる。

七立退料の算定について

1  原告が昭和五六年五月二〇日の本訴第六回口頭弁論期日において、被告に対して、六七四一万六〇〇〇円の立退料の提供を申し出たことは当裁判所に顕著であるが、本件における立退料の算定にあたつては、少なくとも、原告と清月堂らとの間の和解内容を考慮すべきである。

2  右和解においては、別紙和解条項記載のとおり、原告から清月堂らに対し、立退面積(本件建物における清月堂らの賃借面積と新建物再入居時の予定面積との差)につき、一平方メートル当たり二六九万〇二三八円の割合の立退料が、和解成立時にその四〇パーセント、和解成立から約七か月後に四五パーセント、明渡完了後に残りの一五パーセントというように分割して支払われる外、明渡完了後、再入居までの間一か月二一〇万円の割合による休業補償が支払われることになつている。

3  右方式を本件にあてはめてみると、本件建物部分の面積は一〇六・九五平方メートルであるから、立退面積に応じた額としては総額二億八七七二万〇九五四円ということになる。

4  次に、本件の場合は、再入居が予定されないのであるから、前記和解における休業補償も立退料の一部として考慮しなければならないものと言うべきであり、その基礎としては、前記のように被告の人件費と利益の合計が年間約六〇〇〇万円(月額約五〇〇万円)であることを考えれば、その二分の一である月額二五〇万円を考えればよいものと解するのが相当である(何故なら、本件においては、被告の新しい店舗での営業の補助という性格を有しているためである。)。

そして、その期間としては、前記和解では、明渡完了から再入居までとされているところ、右期間は前掲甲第八号証の一によれば約一年九か月を予定しているものと考えられるので、本件において右期間に相当する総額を算出すると五二五〇万円となる。

5  以上の結果と、前記和解においては分割払とされている金員を一時払で受けることを考慮すれば、本件における立退料の額は、三億四〇〇〇万円が相当であり、右立退料を得れば、被告としても、営業を継続し、被告代表者夫婦及び従業員の生計を維持することができるものと言うべきである。

6  なお、右金額は、本訴における原告の提示額を大きく上回るものであるが、原告代表者富田稲蔵の尋問結果及び弁論の全趣旨によれば、原告としても、右金額程度の立退料を提供する意思を有するものと認められる。

八本件賃貸借の終了時期について

1  原告が、昭和五六年五月二〇日の本訴第六回口頭弁論期日に立退料の提供を申し出たことは前記のとおりであるが右時点においては未だ本件における正当事由の一つである新建物の建築計画について明確にされておらず、右が一応明確にされたのは昭和五九年九月一二日の本訴第二一回口頭弁論期日に実施された原告代表者富田稲蔵の尋問によつてであると言うべきである。

2  右によれば、昭和五六年五月二〇日の時点で正当事由が存在していたとまでは認めることはできないものの、少なくとも昭和五九年九月一二日の時点では正当事由を具備していたものと認められ、原告は、本訴係属中は各期日毎に継続的に被告に対し解約申入れの意思表示をしているものと考えられるのであるから、右昭和五九年九月一二日から六か月を経過した昭和六〇年三月一二日をもつて本件賃貸借は終了したものと言うべきである。

九本件建物部分の使用料相当額について

1  〈証拠〉によれば、原告が本件建物を取得した時点における本件建物部分の賃料は月額六万八六〇〇円、原告が右取得後に行つた契約条件変更のための話し合いにおいて提示された額は二〇万〇六二〇円、右提示を拒否した被告が昭和五〇年九月二五日から現在まで供託している賃料額は月額一一万六六二〇円であることが認められる。

2  また本件建物敷地の近隣基準地(東京都港区新橋一丁目二八番一)の公示価格が、昭和五一年一月一日において一平方メートル当たり一九七万円であつたのに対し、昭和六〇年一月一日においては同じく九七二万円と約五倍に上昇していることは当裁判所に顕著である。

3  以上によれば、少なくとも、昭和五〇年当時の賃料額や供託額では、本件建物部分の使用料相当額としては低額すぎるものと言うことができるが、他方、本件建物部分の使用料相当額を決定するにあたつては、本件建物が取壊しを予定されており、そのため修理、補修されていないものであることを考慮すべきである。

4  右の点及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件建物部分の本件賃貸借終了当時の使用料相当額は、月額二〇万円を下回ることがないと認めるのが相当である。

一〇以上の次第で、原告の本訴請求は、原告が被告に対して三億四〇〇〇万円の立退料を支払うのと引換えに本件建物部分の明渡しを求め、かつ昭和六〇年三月一三日から右明渡済みまで一か月二〇万円の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条を適用して、主文のとおり判決する。仮執行宣言は相当ではないからこれを付さない。

(裁判長裁判官大城光代 裁判官野崎弥純 裁判官團藤丈士)

別紙物件目録〈省略〉

図面〈省略〉

賃借人一覧表〈省略〉

土地権利者一覧表〈省略〉

基本構想〈省略〉

事業資金内訳〈省略〉

補償借家権割合算出方式〈省略〉

強震観測結果、入力加速度計算式〈省略〉

平面図〈省略〉

Is計算結果〈省略〉

補強工事費見積り〈省略〉

圧縮強度試験結果〈省略〉

交渉経過〈省略〉

和解条項

一 原告と水原は、別紙和解条項添付物件目録第一の不動産(以下「清月堂店舗」という。)に係る賃貸借契約(貸主堤不動産と借主水原間の昭和二〇年八月二五日契約、昭和五〇年二月一日原告が本件建物の所有権を取得して貸主の地位を承継)は更新ないし承継して存続するものであることを確認する。

二 原告と水原は、前項の賃貸借契約を、昭和五八年一二月二二日双方合意の上解約したことを確認する。

三 原告は水原に対し、明渡料として金一億〇五〇〇万円を次のとおり支払う。

(一) 合意解約(第二項)のとき 金四二〇〇万円

(二) 昭和五九年六月二二日 金四七二五万円

(三) 第四項2の明渡しと同時に 金一五七五万円

ただし、(一)、(二)の金員は支払済み。

四1 水原と清月堂は原告に対し、清月堂店舗につき明渡義務の存することを認め、次のとおり履行するものとする。

2 原告は水原、清月堂に対し、本件建物の取り壊し工事着手六か月前に、確定日付のある書面によりその旨の通知をするものとし、該通知が水原、清月堂らに到着した翌日から起算して六か月以内に、水原、清月堂らは原告に対し、清月堂店舗を第三者の占有のない空室として明け渡す。

五 水原は原告に対し、前項の明渡猶予期間中使用損害金として月額金一三万円を、昭和五八年一二月二三日から明渡済みに至るまで毎月二五日限り翌月分を持参又は送金して支払うものとする。

ただし、一か月に満たない期間の場合は日割計算とする。

六 原告は、その所有に係る本件建物を取り壊し、その跡地を敷地とする堅固な建物即ち、別紙和解条項添付物件目録第二の新築予定建物(以下「新建物」という。)を建築するものであるところ、新建物が完成したときは、原告は水原に対し、新建物の一部につき左の条件により賃貸することを本日予約した。

(一) 賃貸借部分と面積

新建物の一階東側部分(新建物のうち、別紙和解条項添付図面赤線部分)、前面道路沿四九・五九平方メートル(一五坪)。ただし、壁心計算とする。

(二) 保証金、敷金

保証金の差入なし。敷金として賃料の六か月分相当額を差入れ、賃料に増減があつたときは、新賃料の六か月分相当額まで補填又は減額する。ただし、無利息とする。

(三) 賃料

原告が新建物の一階を他の一般賃借人に賃貸する賃料の平均を基準とし、

(1) 契約締結時より三年間は平均の五〇パーセント

(2) 四年目より六年目まで 平均の六〇パーセント

(3) 七年目より九年目まで 平均の七〇パーセント

(4) 一〇年目より一二年目まで平均の八〇パーセント

(5) 一三年目より一五年目まで平均の九〇パーセント

(6) 一六年目以降 平均と同額

とする。

(四) 期間と更新

契約の期間は三年とし、以後三年毎に更新し、更新料は請求しない。

(五) 営業種目

水原は、新建物に入居後は、カレー店、喫茶店及び煙草販売店舗として使用する。水原において、業種を変更する場合は、あらかじめ原告と協議すること。

(六) 二店舗分割

原告は水原が、二店舗に分割して使用することに同意する。

(七) 条件の変更

新建物設計又は建築上の都合により本賃貸借の条件を変更するときは、本和解の趣旨を尊重し、当事者が誠意をもつて協議決定する。

(八) 権利の譲渡

水原が本賃貸借上の賃借権の譲渡をするには、先ず、原告に対し他に優先して譲受の機会を与えるものとする。

(九) その他の条件

本第六項に定めなき条件は、原告が新建物を他の賃借人に賃貸する条件と同一とする。

(一〇) 水原は、この予約完結までに、賃借人を清月堂とすることができる。この場合、水原とあるを清月堂と読み替えることにつき、原告と水原、清月堂は同意した。

(一一) 原告は、新建物の完成後、水原が店舗を開店する予定日の三〇日前に、水原に新建物の一部である賃貸部分を引き渡すものとし、この引渡しをもつてこの予約は完結されたものとする。

七1 水原は第五項に定める損害使用料を二か月以上怠つたときは、原告に対し、当然明渡猶予期限の利益を失い、直ちに第四項2に従い、清月堂店舗を明け渡す。

2 水原は明渡日以降建物内に残置遺留した造作その他の物件はその所有権を放棄し、原告において処分するも異議を申述べない。

八1 原告は、水原に対し、清月堂店舗につき明渡しを受けた翌日から、新建物の賃貸部分を引き渡し水原が店舗を開店するまでの間、休業補償として月額金二一〇万円也を、毎月末日までにその翌月分を水原の指定する金融機関に送金して支払う。

ただし、休業補償は、この予約完結により賃貸部分を引き渡した日から三〇日限りとする。

2 休業補償は、水原が明け渡した日から二年間は前項の額により、三年目から一年経過する毎に、月額の五パーセントを附加して補償する。

3 各計算期間が一か月に満たないときは日割計算とする。

九 原告が建築する新建物が、建築上の制限構造上の問題から水原に対する賃貸面積に若干変更が生じた場合は、その変更につき水原は原告に対して協力するものとし、第三項の明渡料の額についてもその面積割合に基づき協議変更するものとする。

一〇 原告と水原、清月堂間において、本和解条項に定めるの外、他に債権債務は存しない。

一一 和解費用は各自の負担とする。

和解条項添付物件目録〈省略〉

図面〈省略〉

区分図〈省略〉

担保価値評価一覧表〈省略〉

吉野家関係損失処理状況〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例